2008年 10月 29日
新たに始まりました |
親方の会が終了して、初めての稽古日。
今までは、会で行う幕の稽古を続けていた。
今日からは、新しい幕の稽古が始まる。
幕は「八雲神詠」(大蛇退治)です。
まずは、大蛇の出から。。。。。。
人数がいて、8頭立ての幕が出来ると面白いと親方も口にしたこともあり、舞路の稽古が始まる。
自分は、まずはじっくり観ようと控えた。
また、稽古場の広さが、4人並ぶだけの充分な広さがないことも一つの理由。
舞路を覚えることは、鳴り物を行う上でとても大切です。
頭の中に流れや見栄の場所などを叩き込んでゆきます。
我々の稽古は、時代に逆らった形で行われています。
今では、ビデオや録音装置などさまざまな記録機器がありますが、それを一切使わない。
それだけに進みも遅いが、真剣に稽古に取り組まなければ身につかないのです。
親方もメモを取ったりすることについては、過去に「メモばっかりとって」とこぼしていました。
メモを取るのは、取材をする記者がすればいいのです。
稽古や見学に来ている人間が稽古場でメモを取ることが許されるのは、後世に伝える為に残すメモ。自分自身の技量向上のために取るメモというのは、自宅に帰ってから行うものです。
そういったルールを守らなければ、稽古場に入ることは許されないくらい、厳しい場所です。
我々がこの世界で育ってきた土壌は、そういった場所で、今もその流れを汲んでいます。しかし、最近入りたてのお弟子さんたちのお稽古では、そういったことはありません。なぜなら、それは、趣味の世界であり、プロとして現場に出る弟子の稽古ではないからです。
そういった、カルチャーセンターの風潮は我々の中ではありえない話ですが、趣味で覚えたいと言う人たちには大いにしてもらっていいことだと思っています。
そのかわり、我々の舞台には一緒に上がって欲しくはないですね。
伝統芸能の伝承というのは、「いいやいいや」とか「和気藹々楽しく」といったやさしいだけではなく、厳しいところがなくてはならないと思います。
子供の頃からこの世界の敷居を跨いだ自分は、技術的な芸だけを学んできたわけではありません。親方や名人と呼ばれる先輩がたやおかみさんから〝躾〟というものも一緒に学んできています。
それは、子供の頃から始めている親方や五代目、地元の叔父貴も同じだと思います。
最近は、そういう部分がなくなってきているように思えます。
こんな生意気なことを罵っている自分もまだまだ修行の身です。
これからもそういった精神的な部分も含めて、精進に励んでいこうと思います。
今までは、会で行う幕の稽古を続けていた。
今日からは、新しい幕の稽古が始まる。
幕は「八雲神詠」(大蛇退治)です。
まずは、大蛇の出から。。。。。。
人数がいて、8頭立ての幕が出来ると面白いと親方も口にしたこともあり、舞路の稽古が始まる。
自分は、まずはじっくり観ようと控えた。
また、稽古場の広さが、4人並ぶだけの充分な広さがないことも一つの理由。
舞路を覚えることは、鳴り物を行う上でとても大切です。
頭の中に流れや見栄の場所などを叩き込んでゆきます。
我々の稽古は、時代に逆らった形で行われています。
今では、ビデオや録音装置などさまざまな記録機器がありますが、それを一切使わない。
それだけに進みも遅いが、真剣に稽古に取り組まなければ身につかないのです。
親方もメモを取ったりすることについては、過去に「メモばっかりとって」とこぼしていました。
メモを取るのは、取材をする記者がすればいいのです。
稽古や見学に来ている人間が稽古場でメモを取ることが許されるのは、後世に伝える為に残すメモ。自分自身の技量向上のために取るメモというのは、自宅に帰ってから行うものです。
そういったルールを守らなければ、稽古場に入ることは許されないくらい、厳しい場所です。
我々がこの世界で育ってきた土壌は、そういった場所で、今もその流れを汲んでいます。しかし、最近入りたてのお弟子さんたちのお稽古では、そういったことはありません。なぜなら、それは、趣味の世界であり、プロとして現場に出る弟子の稽古ではないからです。
そういった、カルチャーセンターの風潮は我々の中ではありえない話ですが、趣味で覚えたいと言う人たちには大いにしてもらっていいことだと思っています。
そのかわり、我々の舞台には一緒に上がって欲しくはないですね。
伝統芸能の伝承というのは、「いいやいいや」とか「和気藹々楽しく」といったやさしいだけではなく、厳しいところがなくてはならないと思います。
子供の頃からこの世界の敷居を跨いだ自分は、技術的な芸だけを学んできたわけではありません。親方や名人と呼ばれる先輩がたやおかみさんから〝躾〟というものも一緒に学んできています。
それは、子供の頃から始めている親方や五代目、地元の叔父貴も同じだと思います。
最近は、そういう部分がなくなってきているように思えます。
こんな生意気なことを罵っている自分もまだまだ修行の身です。
これからもそういった精神的な部分も含めて、精進に励んでいこうと思います。
by chiba-inc
| 2008-10-29 23:54
| 祭り・神楽・獅子舞のはなし